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某医療系ドラマでも飛び交う「ケミカルサージェリー」って何のこと?

 

飲酒や喫煙は食道ガンや、喉頭ガンなどの頭頸部ガンの発症リスクを有意に高める要因です。

 

食道ガンや頭頸部ガンに罹患すると嚥下機能が障害され、場合によって口から食べ物を飲み込むことができなくなってしまうため、日常生活に大きな支障を来す可能性があります。

 

食道ガンは数あるガンの中でも再発率が高く、頭頸部ガンは神経や血管が複雑に走行している部位に出来るため、どちらのガンも手術の難易度が高く既存の標準治療では治療困難であることも珍しくありません。

 

そこで近年、食道ガンや頭頸部ガンに対する新たなガン治療としてナノマシンを用いたケミカルサージェリーが注目されています。

ケミカルサージェリーが普及すれば、低侵襲にガンの根治治療を実践することが出来るため今後のガン治療の中心になっていく可能性があります。

 

そこで本書ではケミカルサージェリーの治療法や、国内における適応などについて分かりやすく解説します。

<ケミカルサージェリーという新たな選択肢>

 

 

今や多くのガンで診療ガイドラインと呼ばれる治療の見取り図が作られ、治療法が画一されています。

ガンの性状やステージに応じて適切な治療の組み合わせがある程度決まっていて、その中から患者の状態に応じてベストな治療法を選択していく、これが今のガン治療のスタンダードです。

 

組み合わせに使われる治療法は主に手術療法、放射線療法、薬物療法です。

とりわけ手術療法はガンを根治するための第一選択肢であり、直接ガンそのものを取り出すため非常に効果的な治療法です。

 

しかしその一方で手術療法は侵襲性が高く、術後のQOL(Quality of Life)が低下してしまうという問題を抱えています。

一般的な開腹手術では約1ヶ月に及ぶ長期入院が必要で、医療費や収入の低下など経済的負担も大きな問題です。

最悪の場合、ガンの取りこぼしによる再発や、命に関わるような合併症による術中死もあり得ます。

 

当然、医療の発達とともに手術療法も低侵襲化の方向に進んできました。

実際に、お腹を開かずに複数の穴だけで手術を行う腹腔鏡手術や、より侵襲の少ないロボット手術はすでに国内で広く普及しています。

 

そして今、医療機器や医療技術はさらなる進化を遂げ、ケミカルサージェリーという新たな治療法が開発されています。

ケミカルサージェリーとは、薬剤と医療機器を使ってガンをピンポイントで攻撃できる画期的な治療法です。

手術療法のように皮膚を切ること無く、薬物療法のように正常細胞に影響すること無く、ガン細胞にだけ攻撃出来る、まさに理想的なガン治療です。

 

なぜそんなことが可能なのでしょうか?

理論上は、ガン細胞を破壊することが出来る薬剤をガン細胞にだけ届け、その薬とだけ反応するレーザーを体外から照射し、照射によって活性化した薬剤がガン細胞を破壊するという治療法です。

 

こんな理想的な治療であれば誰だって受けたいと思うでしょうが、言うは易く行うは難しとはよく言ったもので、現実的にはまだまだ多くの課題を抱えています。

 

実臨床で使用する上での主な課題は「ドラックデリバリーシステム(以下、DDS)」と「レーザー」の開発です。

 

<ケミカルサージェリーの課題①「DDS」>

 

 

最初の課題は、投与した薬剤がいかに正常細胞に入らず、かつすべてのガン細胞に届くかという点です。

薬は「必要なときに、必要な部位に、必要な量だけ」届くことが理想的であり、

この医療技術をDDSといいます。

ケミカルサージェリーに関わらず、理想的なDDSの研究は過去の内服療法にも共通する永遠の課題でした。

 

例えば肺ガンの分子標的薬イレッサは、ガン細胞の表面に存在するEGFRという分子を標的にした薬です。

EGFRという分子は細胞の増殖に関わっているため、EGFRをイレッサが破壊することでガン細胞の増殖を抑える目的で使用されていました。

 

逆に言えば、EGFRを発現していないガン細胞には届かず、EGFRを発現している正常細胞には届いてしまうという問題があります。

これは、イレッサのターゲットとするEGFRがあくまでガン細胞特有のモノではないことに起因しています。

 

それに対し、ケミカルサージェリーではナノマシンというDDSを使用します。

分かりやすく言えば、ナノマシンとは薬剤を乗せて運ぶ乗り物で、それぞれのガン細胞にだけ届くように設計されています。

もちろん完璧ではありませんが、少なくとも既存の分子標的薬や抗ガン剤よりガン細胞への移行率が高いため、副作用のリスクを抑えることが可能です。

 

また、ナノマシンは他の病気にも応用できます。

 

例えば、脳には外部から身を守るためのバリアー機能が存在するため、血液中の薬剤の0.1%ほどしか脳内に到達することができません。

現在認知症に使用されているドネペジルという薬も、そのほとんどが脳には届いていないのです。

そこでナノマシンに薬剤を乗せることで脳のバリアーを通過できる可能性が高まり、より効果的な治療が可能となるのです。

 

このようにナノマシンは多くの病気に応用可能であり、今後のさらなる開発が期待されています。

 

<ケミカルサージェリーの課題②「レーザー」>

 

 

すべての薬剤がガン細胞に行き渡ったとして、次の課題はそこにレーザーが届くかどうかです。

実際に国内で保険承認を受けている治療をご紹介します。

 

  • BNCT(ホウ素中性子補足療法)

 

BNCTではホウ素という薬剤をナノマシンで包接し、患者体内に投与します。

その後体外から熱中性子線というレーザーを照射し、照射されたホウ素は核反応を起こしてガン細胞を破壊します。

熱中性子線は体表から約7cmの深さまで到達するため、両側から照射すればほぼ全ての臓器に照射可能です。

その一方で熱中性子線は非常に細く小さい放射線であり、ガン細胞内のすべてのホウ素に照射できる可能性は低く、ガン細胞が残存する可能性があります。

 

血管や神経が複雑に走行する頭頸部のガンの内、切除不能もしくは局所再発のガンは保険適応です。

 

  • PDT(光線力学的療法)

 

PDTでは光増感剤をナノマシンで包接して患者に投与します。

その後、体外から630nmのエキシマダイレーザーと呼ばれるレーザーを照射し、活性化した光増感剤がガン細胞を破壊します。

 

エキシマダイレーザーは体表から1cmまでは100%届くため表層のガンには非常に有用ですが、深さ2cmでは半分程度しか届かなくなるため深部ガンには使用できません。

 

局所再発の食道ガンや一部の肺ガンなどに保険適応です。

 

  • 光免疫治療

 

PDT同様に光増感剤を使用しますが、ナノマシンで包接するわけではなく、あくまでガン細胞表面の特異的タンパクをターゲットにしています。

前述したEGFRの例の通り、これらのタンパクを発現していないガン細胞には薬が届かないため、ナノマシンよりもガン細胞に対する効果は劣る可能性が高いです。

 

使用するレーザーは近赤外線ですが、体表約7mmの深さにしか到達しないため、これらの理由から実際に保険適応となっている疾患はありません。

 

まとめ

ケミカルサージェリーは理論上副作用も少なく手術も不要なため、いずれ日帰りでガンを治療できる日が来るかもしれません。

しかし、ナノマシンの開発やレーザーの照射範囲という点ではまだまだ課題が残ります。

 

また最先端の治療であるが故に医療費が高く、例えばBNCTは照射に2,385,000円の医療費がかかります。

まだまだ保険適応が限定されているケミカルサージェリーですが、今後適応疾患が拡大すれば、より医療費の問題が顕在化します。

 

つまり、今後さらに医療技術が向上してケミカルサージェリーが広く実用化されても、保険診療ではなく自由診療でしか選択できない可能性があるのです。

 

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